皆さんは、
珈琲の味わいって、どこで決まっていると思いますか。
個人的には、まず第一に「生豆のクオリティ」だと思っています。
そして、その次に焙煎。
この生豆のクオリティと焙煎は、かなり密接な関係にあって、
どちらか一方だけを優先しても、おいしい珈琲にはならない。
そんなふうに考えています。
今日は少しだけ、
珈琲の味わいがどうやって変わっていくのか。
その話をしてみようと思います。
生豆

珈琲だからといって、特別な存在というわけではありません。
この世の理から外れることは、やっぱりないんですよね。
たとえば、わかりやすい例でいくと、お米。
日本のソウルフードです。
あきたこまち、ゆめぴりか、コシヒカリ。
お米にもいろんな品種があります。
品種や生産地によって、
甘みが強かったり、粘りがあったり、粒がしっかりしていたり。
同じお米でも、味わいはずいぶん変わります。
私たちはそれを、
好みだったり、生活スタイルだったりに合わせて選んで、
毎日の食事に取り入れています。
それから、新米と古米があるように、
「いつ収穫されたか」も大事なポイントですよね。
古いお米は、ちゃんと管理しないと、
虫が湧いたり、風味が落ちてしまったりします。
珈琲も、これとほとんど同じです。
珈琲の品種はたくさんありますし、
産地は世界で70か国以上。
日本国内ですらお米で味が変わるのですから、
世界中で育てられている珈琲豆の味が、
全部同じなわけがありません。
毎年「ニュークロップ」といって、
新しい珈琲豆が出回るのも、お米と同じですね。
つまり、生豆の段階ですでに、
味わいを左右する要素はたくさん詰まっている、ということです。
焙煎

珈琲の生豆は、もともと緑色をしています。
この状態では、まだ珈琲として飲むことはできません。
焙煎という工程で豆に火を通すことで、
私たちがよく見る、茶色や黒い豆に変わっていきます。
じゃあ、焙煎って何をしているのか。
すごく簡単に言うと、
生豆がもともと持っている成分を、熱で変化させている。
それだけです。
焙煎機にはいろいろな種類がありますが、
本質的には「豆に火を通す」という点で、そこまで変わりません。
極端な話、フライパンや鍋でも焙煎はできます。
生豆は火にかけられると、
緑から黄色、茶色へ、そして最終的には黒へと変化していきます。
これは、生豆に含まれるショ糖などの成分が、
熱によって、アミノ酸などと反応しやすくなるからです。
専門的な話になるので、ここでは深く触れませんが、
焙煎というのは、
豆の中で成分同士がくっついたり、離れたりする現象を
意図的に起こしている工程だと思ってもらえれば大丈夫です。
その結果として、
私たちが見慣れている焙煎豆が出来上がります。
まとめ
生豆がもともと持っている成分を使って、
焙煎によって、それを組み替えている。
珈琲づくりって、だいたいそんな感じです。
焙煎士は画家みたいな存在だと個人的に思っています。
絵具や筆にあたるのが、生豆。
それを使って絵を描く行為が焙煎。
出来上がった作品が、焙煎豆です。
自分で書いていても、
この例えはわりとしっくりきます。
焙煎は、ある程度までは安定させることができます。
でも、厳密に言えば、やっぱり一期一会。
同じ人が、同じように描いたとしても、
まったく同じ作品をつくるのは、なかなか難しい。
道具との相性もありますし、
その持ち味を生かせることもあれば、
うまく引き出せないこともあります。
ただ、
絵具と筆でスプレーアートが描けないのと同じで、
生豆が持っていない成分以上のことは、
焙煎では生み出せません。
生豆の持っているものを理解して、
それをどう生かすかを考えながら焙煎する。
それが、焙煎という仕事なんだと思っています。
だからこそ、
焙煎と生豆の成分は切り離せない関係にある。
そして、
珈琲の味わいが一つとして同じにならないのも、
考えてみると、すごく自然なことなのかもしれません。