今年の終わりが近づくと、
去年に言われた一言を思い出す。
「君の言葉は軽い」
その日、
私はその場で泣いてしまった。
薄々、
そういうオーラを感じていたのだと思う。
言われたくなかったから、
相手が望んでいそうな言葉を
必死に探し続けていた。
その結果としての一言だった。
この言葉は、
今年になっても消えなかった。
否定も反論もできないまま、
私はこの一年を過ごしていた。
今年一番静かだった瞬間は、
シンガポールの植物園の休憩所で
ジャーナリングをしていたときだ。
異国の地だったけれど、
不思議と落ち着いていた。
インターネットはオフライン。
特に何かができるわけでもない。
ある意味、
私の中から「私以外」が消えていた。
答えを出していたわけでも、
何かを決めていたわけでもない。
ただ、
自分の考えを書いて、眺めて、
また書く。
今年は、
こういう時間が必要だった。
海外から帰って数か月後、
自分の中で
何かが変わった感覚があった。
選択肢が増えた、という感覚。
同時に、
「本当の私」が
横に立っているような感覚。
自信がついたわけでも、
強くなったわけでもない。
ただ、
すぐ答えを出さなくなった。
今年の始まり頃、
コーヒーは少し重かった。
今思えば、
私はコーヒーを通して
自分の意味を見出そうとしていたのだと思う。
10月あたりから、
少しずつ変わった。
イベント出店の中で、
感謝の気持ちで
コーヒーを淹れられる日が増えた。
理由ははっきりしない。
ただ、
状態が変わったという事実だけが残っている。
この一年で、
私の中での「余白」の意味は変わった。
余白は、
休むことでも、止まることでもない。
自分の声を聞ける状態のことだ。
しかもそれは、
大きな声じゃない。
小さい声だ。
正直に言えば、
言葉の重みは
まだ少ししか増えていない。
でも、それには納得している。
余地がある、という状態だ。
今年は、
ちゃんと迷えた一年だった。
何なら、
しっかり迷子になった。
それでも、
考えることだけは
手放さなかった。
今の私は、
生き方の途中に立っている。
この文章が、
誰かが少し立ち止まる
きっかけになればいい。
noteにも少しつづりました。↓