世界はそういうふうにできている

とある日のことだ。
最近の天気は本当に読めない。

急に雪が降り、足のくるぶしを超えるくらいまで積もった。
私の住んでいる福島県は、わりと積雪が多い地域だ。
「ああ、冬っぽくなってきたなぁ」
そんなことを思った。

私は集合住宅のアパートに住んでいる。
このまま雪が降り続いたら、明日の朝、車が出せず出勤できないかもしれない。
そう思い、駐車場の雪かきをすることにした。

私が持っているのはスコップタイプの雪かき道具で、
正直、この手の広い面積を掻くにはあまり向いていない。
それでも、やらないわけにはいかないので、黙々と雪を掻いた。

自分の駐車場だけでよかったのかもしれない。
でも、時間にも少し余裕があったし、
自分のところだけ、というのがなんだか気持ち悪くて、
他の人の駐車場も一緒に雪かきをすることにした。

しばらくすると、隣に住んでいる人が帰ってきた。
駐車場は当然、雪だらけだったので、車を停めやすいように雪をどける。

「ありがとうございます」

そう声をかけられた。
その流れで、隣の人も手伝ってくれて、
家の周りは少しきれいになった。

まだ体力には余裕があったので、そのまま続けることにした。

すると今度は、一人の女性が一生懸命、雪かきをしているのが見えた。
私も負けじと、せっせと雪を掻く。
(勝負ではないけれど)

女性は言った。
「ここまでやってくれてありがとうございます。ここに住んでいて、ここまでやる人、初めて見ました」

私も二年ほどここに住んでいるが、
そう言われてみれば、確かに自分も今までここまでやってこなかった。

「いや、普段はやらないんですけど。時間もあったし、運動がてらですよ」

そう返すと、
「まだ続けるんですか?」と聞かれた。

「まだ体力あるので」

そう答えると、
「じゃあ、私も」と。

そんな流れで、二人で雪かきをすることになった。

彼女の雪かき道具は、面積を一気に掻けるタイプで、
雪がどんどんきれいに片づいていく。
正直、すごいなと感心した。
(今度このタイプのスコップを買おうと心に誓った)

二人でやると、本当にあっという間だった。
というより、私は少し散らかしていただけで、
実際には彼女のおかげなのだが。

家に戻って、駐車場を眺めてみると、
もともとよりも、自分の駐車場の周りがとてもきれいになっていた。

そのとき、ふと
「情けは人のためならず」という言葉が浮かんだ。

たまたま、内田樹さんの『勇気論』を読んでいた中で、
そんなことわざが紹介されていた箇所があった気がする。

結局、世界はそういうふうにできているのかもしれない。
そんなことを、あらためて実感した時間だった。

たとえば、お金の話で考えてみる。
知らない人に、いきなり「一万円ください」と言われても、
多くの人は簡単には出せないと思う。

では、どうしたら出せるのか。
もし仮に出すとしたら、
私なら「一万円分の働き」をしてもらいたいと思う。

つまり逆説的に言えば、
何もせずに、ただ受け取ることは難しいということだ。
裏を返せば、
自分にできる範囲で誰かに手を差し伸べることは、
形を変えて、いずれ自分に返ってくる。

もちろん、自己犠牲である必要はない。
自分に余裕があるときに、できることをする。

今回の雪かきは、
そんな当たり前のことを、
体感として思い出させてくれた出来事だった。